養生ブログ by食医の卵

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テーマ:健康管理 - ジャンル:ヘルス・ダイエット

『21世紀は警告する(2)』

No.138
著者 NHK取材班

2014年9月に読みました。この本は1984年12月に出版されています。シリーズ6巻の2巻になります。
約30年前の本ですね。当時の将来が現在となるのでとても面白く読めます。

第一部が“飢えか戦争か”、第二部が“都市の世紀末”となっています。第一部を中心に話を進めます。

第一部のテーマは「肉食」であり、豚が主役です。肉食と豚から世界がどう繋がりこれからどう流れていくのかを考えていきます。


<著者の主張>

1.戦争が飢えを生む時代から、飢えが戦争を生み出す時代になった。

2.先進国の肉食が、貧富の格差拡大の原因の一つである。

3.石油文明によって食糧の長距離・高速・大量輸送が可能となり、自給自足体制が崩壊した。



<補足・感想等>

第一部の終章9頁は是非読んで頂きたいと思います。

この本では中国が、2000年に向けて“肉食倍増計画”をしていることが書かれています。
具体的には豚肉生産量を3000万トン、これに必要な飼料作物はおよそ1億5000万トンとなっていました。

以前ブログで【CHINA STUDY】を紹介しましたが、かなりの変化ですね。 
先進国の歴史を見ると、穀物の生産によって飢餓を回避できるようになるとその先には必ず肉食が出てきます。そして一度、肉食を始めるともとの食事体系には戻れない。

だから【CHINA STUDY】は二度とできない疫学調査として価値があります。先進国には宗教上の理由などで肉食をしない“特殊な集団”しか存在しないため、動物性たんぱく質摂取が少なくかつバイアスのない研究ができないのです!!!


アメリカのとある報告によると、2013年、世界全体で推定1億700万トンの豚肉が消費されたうちの半分を消費したのが中国だそうです。
これを見る限り、肉食倍増計画は予定どおり達成されたということでしょう。


この本には、「穀物を輸出できるほど多くつくれる国は、世界中でたった5カ国しかない」とあります。
現在だと、アメリカ・カナダ・オーストラリア・フランスにウクライナ・中国・ロシア・インド?辺りでしょうか。

日本も米以外の大部分は輸入に頼っています。飼料はほぼ輸入ですね。石油文明が終わったら現在の畜産は成り立たなくなります。ですからTPPによる各国が食糧を分ける分業型よりも自国で生産する独立型のほうがこのような危機には遥かに強いことは容易にわかります。他にも、天候等による自然災害は年々増えていると思います。

どうなることやら・・・(^_^;)

途上国の伝統式農法では人口増加に食糧が追い付かないため不足する食糧を輸入することになります。しかし穀物が肉食による飼料の需要によって価格高騰すると、途上国では買えなくなります。こうして貧富の差が広がっていくことになります。 

現在は貧富の国家間差だけではなく国内差も増え、これまでの貧困と飢餓から、【肥満・貧困・飢餓】の3つのワードが複雑に絡まった状況になってきたと感じます。

どうなることやら・・・(-_-;)



豚と肉食を通して、世界の流れを見るというこの本の着眼点は大変面白く、そして深刻な問題を露呈させてくれたと感じます。是非、一読して下さい。


<キーワード>
肉食 飼料 輸入

<関連文献>
『貧困と飢饉』(岩波書店) 『肥満と飢餓――世界フード・ビジネスの不幸のシステム』(作品社) 『ぼくらはそれでも肉を食う―人と動物の奇妙な関係』(柏書房)


梅山豚
これは本の裏に載っていた「梅山豚」という中国の豚です。






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『学校は地域に何ができるか』

No.137
著者 渋谷忠男


2014年9月上旬に読みました。1988年に出版された本です。

昔の学校の様子がわかりました。
私は市町村立の学校に所属していないのでわからないのですが、小中学校、特に小学校では地域との連携が大切だということはよくわかります。同じ学校でもこのようなことを身近に感じているのとそうでないのでは、仕事の捉え方が違うのだろうなぁと感じました。


<著者の主張>

1.学校教育の構想は、教職員と父母でつくっていくのがよい。

<補足&感想等>

この本は、「自治とは何か」ということを考えさせてくれると思います。

自治という言葉は現在の日本で生活していると、あまり馴染みが無いかもしれません。
紛争や侵略などがあると「○○自治区」という言葉を耳にします。
平和な日本でも、公務員だと「地方自治体」という言葉を耳にします。

地域の繋がりが強い方が自治と馴染みがあるでしょう。
その意味で、高度経済成長によって人間関係が希薄になった時代から成熟社会・人口減社会へ突入すると、もう一度この自治ということにスポットが当たるような気がしています。


本の舞台は、約35年前の農村です。だから現在に当てはまらないことが沢山あります。しかし、上記のような観点に立つと、今後のありかたを考える上で役に立つような気がしました。
また、教育の本質にも触れることができたと感じました。


以下、感じたことをダラダラ書いていきます(笑)

まず、「違うなぁ」と感じたことは、環境ですね。登場する保護者の仕事は、専業農家から兼業農家へという感じでした。このため教師と保護者に学歴の差があります。この時代、モンスターペアレンツなんて想像もしなかったのではないでしょうか。そして、これと関係しますが経済力です。この辺りの話は、現在の学校が抱えている問題とは遠いかなぁと思いました。

一方、現在の学校にも当てはまる、つまり昔から変わっていないんだなぁと感じることもありました。
こちらは【領域主義】です。

私の仕事を例に挙げると、何十年も前から学校栄養士をしている人は、「給食に関すること“だけ”」が自分の仕事だと思っています。
しかし、今の学校栄養士の仕事は違います。経済・社会・家庭環境が変わり、食に関する教育の必要性が生じてきたことにより栄養教諭制度ができました。
こうして学校栄養士の仕事には、【食に関する指導】が加わりました。さらに言うと、食教育の必要性は健康問題が起因として浮かび上がってきたのですから【健康教育】を求められています。

にも関わらず、自分の職種は学校栄養職員であって「栄養教諭」ではないから食に関する教育はしないとか、健康教育は養護教諭の仕事だから関係ないとか言う人がいたりします・・(^_^;) また、養護教諭側にも体重などは「個人情報に当たるので学校栄養職員には教えられない」と言う人がいます・・(;一_一)

木を見て森を見ずという領域主義は、公務員の悪い点だと感じます。

もう1つは【消極思考】です。
これは、公務員の立場が危険回避・安全第一ですから、ある程度は仕方のないことだとは思います。しかし、これを内部の人間が意識していないと、どんどんそちらの方向へ進んでいきます。
本文には、安全教育の考え方を消極から積極へと変えていく(P113)とありました。

分かり易い例を挙げると、
消極的は、自転車事故発生→自転車登校禁止 (乗らなければ事故が起こらない)
積極的は、自転車事故発生→正しい運転ルールを身につけさせる (ルールと技術を高め事故を防ぐ)

消極的は、事無かれ主義とも仲がイイです。無くしてしまえば問題は起こらない。公務員は税金を扱っているので批判されやすい環境にあります。このため批判されるネタを嫌います。だから何か新しいことをやって問題を起こすくらいなら、なにもやらないで問題を起さない方がいいという思考になりがちです。
これも悪い点ですね。。


長くなりましたのでこの辺で終わりにします。

物事の本質を見据え、これの達成のために必要であれば自分の職域の領域を超え、失敗に恐れず挑戦する!

このような姿であり続けたいと思います。


<キーワード>
自治 PTA 教育 

<関連文献>
『学校って何だろう―教育の社会学入門』(筑摩書房) 『教育の職業的意義―若者、学校、社会をつなぐ』(筑摩書房) 『「つながり格差」が学力格差を生む』(亜紀書房)






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『ターニングポイント』

No.136
著者 フリッチョフ・カプラ
訳者 吉福伸逸 田中三彦 上野圭一 菅靖彦


2014年8月に読みました。著者は物理学者です。これは1984年に翻訳されて日本に出回った本です。1995年に新版が出ていますが原作を読みました。
原作は741ページ、新作は330ページ、読み終えるのに苦労しました。


情報量も大変多いのですが、1回でまとめます。


<著者の主張>

1.これまでの時代は、デカルト的世界観とニュートン力学を基盤としてきた。

2.しかし、科学・経済・医療など様々な分野でこれでは対処できない問題が生じている。

3.相対性理論・量子論に対応する新しい世界観が必要である。

4.これからは3.に移り変わる「ターニングポイント」の期間である。



<解説&感想等>

参考文献として、これまで紹介した本が載っていました。これらの本を私は既に読んでいたので、量の割には苦労せずに読めましたね。12章構成で4つに大別されております。後ろ4つの章が今後に対する著者の考えの部分ですね。

原著が出版されてから30年以上経っているので、時代遅れと感じる部分もありました。一方、30年経っても中々進んでいないなぁと感じた部分もありました。

進んだ部分はまず、【医療】だと感じています。日本でもアメリカでも代替医療や東洋医学はかなり認知されていると思います。また、ヨガや太極拳、ピラティスなど身体に働きかける活動も盛んになっている気がします。

ただこれは、医学・生物学が物理学同様に新たな世界観を確立して広がって行ったのではなく、“癒し”が時代に求められており、そこにビジネスが上手く入り込んだのだと思います。
だから、根本の所が変わっていないため、ドラスティックな変化はまだ先になると思います。
P192に、 「25年以内に新しい生物学の概念的基盤が必要」
とありましたが、叶わなかったと感じています。しかしながら、この時代にはまだ未知であった、DNAの解析を終え、幹細胞の発見、そして再生医療へという流れは相当な進展だど思います。

だからこそ、余計に現実世界と科学技術の乖離が進んでしまったことによる弊害が表れている気もします。難しいですね。


健康に関する記述では、『動的平衡』について述べていたものの、この言葉は記載されておりませんでした。
栄養学に言及すると、ビタミン欠乏の解決はデカルト的世界観ですね。この功績は素晴らしいモノです。しかし、現代の生活習慣病には、うまく対応できない概念モデルですね。同様に、肥満とやせ・食品ロスと食糧不足など、現代の栄養問題であるDBM(Double Burden Malnutrition)にも適応範囲外だと思います。


心理学も進んだと思います。この本では、フロイト・ユング・ロジャーズは登場しても『認知行動療法』の話は出てきませんでした。新しい世界観は、認知行動療法(特に第三世代)とよくフィットすると思います。


逆に、最も進んでいないのは【経済】かなぁと思いました。

なんといったって、経済は未だに「無差別の成長」を原則としております。資本主義発展の条件は、資源が豊かで人口が少ないことと書いてありました。これは、最近の経済書でも似たようなことが述べられていますね。

個人的には、もう前提がおかしいことは明らかなのに、まだ「成長戦略」とか「経済成長」という言葉を耳にしますよね。成長戦略が描けないなんて当たり前だと思っています。

早くターニングポイントを通過して、経済第一というお金の物差しではなく、生物とは?人間とは?という物差しで社会を作り直す時代が到来してほしいと思います。


<キーワード>
相対性理論 デカルト ニュートン エントロピー

<関連文献>
『エントロピーの経済学―もうひとつの未来を創る』(ダイヤモンド社) 『脱病院化社会』 『アクエリアン革命』 『健康という幻想』






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『小川八重子の常茶の世界』

No.135
著者 小川 誠二


2014年8月に読みました。
この本は1996年12月に出版されたものです。内容は、夫の誠二さんが、亡くなった妻八重子さんのやって来られた「お茶の活動」についてまとめたものです。ちなみにこのことは“あとがき”に書かれており、またこの本に“はじめに”等がないことから、頭から読んでいくと途中よくわからなくなります。
というのは、「私」とあるのが、八重子さんの場合と誠二さんの場合があるからです。読む時は御留意ください。


私はお茶について全くの無知でしたので初めて知ったことが数多くありました。
そして、「お茶も食べ物と同じような歩みをしてきた」ということが分かりました。このような視点を持つことができたのは収穫だと思います。
では、以下詳細に入って行きましょう。


<著者らの主張>

1.緑茶は(日)常茶ではない。

2.沢山飲んでも問題ないのは、ばん茶。

3.ばん茶は全国に沢山あり、その土地の人たちだけが飲んでいるお茶がある。



<感想・補足等>

舞台は昭和40年代後半~昭和50年代後半頃と思っていただければ良いと思います。
まず、この頃にお茶のビジネスが盛んになっていったようです。

お茶は農薬と肥料とで大量生産の商品となってしまうと、自然の恵みを楽しむ飲み物から遠い存在になってしまうのだと。
一番影響を受けるのは、「香り」だそうです。香りがなくなっていくということです。

野菜に置き換えてみても、昔の方がにおいやアクの強い野菜が多かった気がします。
品種改良によってできた「生でも食べられます」というのは、この辺りを抑えていったものではないでしょうか・・・。

こうして不味くなってしまったお茶へ著者らは疑問を持ちます。もう1つは、高価なお茶が体に合わなくなってきたことを挙げていました。高価なお茶とは玉露茶のことです。私はこのあたりの話にとても無知でしたね。
「日本人はお茶と親しんできた」という文章を読みながら、お茶と全く親しんでいない私を感じていました。

ただ、私の年代でお茶をたしなんでいるような人はほとんどいないと思います。コーヒーの方が圧倒的に多いですね。スタバ・ドトール・タリーズ等の展開を見ればわかるでしょう。それでも、紅茶が好きという人はたまに聞きます。一方、緑茶・ほうじ茶・番茶は聞きません。会話に登場しないレベルです。

お茶の飲み方も急須に葉と熱いお湯を入れて飲むではなく、ペットボトルのお茶を買って飲むの方が現代では主流になっていますね。何かの本に、子どもにとってお茶は「買うもの」であり「家で作るもの」ではなくなっている、というようなことが書かれていたのを記憶しています。

また、現在お酒の場のノンアルコールドリンクとしての地位を確立しているウーロン茶ですが、これのブームがこの頃にあったそうです。

最後に、
この本で一番御覧になって頂きたいのは、P70の対比です。
「緑色の茶と茶色の茶」を対比しています。

・緑色の茶-他所行きの茶-嗜好品-商品として作った茶-高くて不味い-近年のもの-未熟の葉から-化学肥料・農薬をふんだんに使う-啜る茶

・茶色の茶-普段着の茶-常食の茶(日常茶飯)-飲用のために作った茶-安くておいしい-何百年も前から親しんだもの-十分熟した葉で-肥料農薬ほとんど使わない-ガブガブ飲む茶

頭に入れておくと役に立つのではないでしょうか。


<キーワード>
常茶 伴茶(ばんちゃ) 飯茶(ばんちゃ) 茶色の茶

<関連文献>
「日本茶の「勘所」 あの“香気”はどこへいった?」(鉱脈社) 「緑茶のマーケティング―“茶葉ビジネス”から“リラックス・ビジネス”へ」(農山漁村文化協会) 「暮しの茶」(平凡社)





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