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養生ブログ by食医の卵

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『人間は何を食べてきたか―「食」のルーツ5万キロの旅』②

続きです。


Ⅲ 一粒の麦の華麗な変身・パン
  舞台はアルプスの山々に囲まれた谷沿いの村、オーストリア、マリア・ルツカウ村です。

・北ヨーロッパやアルプスの村では、パンといえばライ麦のパンが普通。

・この土地で小麦の栽培は不安定

・ライ麦パンは直径が25cmもある丸い鏡餅のようなパン。白いふかふかのパンではない。

・子どもは麦の落ち穂を拾い、母はそれで作ったパンをおやつに渡す。
 (cf.ミレーの落ち穂拾い)

・パン以前の麦食文化は大麦だった。

・人類史上、もっとも古い麦の加工法は炒り麦と粥

・パンを焼く竃は大きく2種類ある。タテ形[壺型](タヌール、タンドール)とヨコ形。

・タテ形だと平たいパン(ナン)が、ヨコ形だと中がふっくらしたパンができる。

・パンの表面に十字の印をつけるのは、中世以来の魔除けの風習。

・1つ1.5㌔のパンを一家四人で一日一個食べる。

・修道院によってパン焼きの技術が広がった。

・パン食の歴史は製粉技術発達の歴史でもある。

・アルプスの雪解け水が水車を動かし、パンのための粉を挽いてきた。



Ⅳ 一滴の血も生かす・肉
  舞台は西ドイツ、シュヴァインフルト

・ヴルスト(ドイツ語でソーセージ)の名前を子どもは30種類くらい言える。

・畑と家畜を組み合わせた、混合農業をしている。

・夕食はカルトエッセン(火を使わない、冷たい食事)

・ドイツ人の年間肉消費量は一人当たり、80~90㌔

・肉を食べるということは、その部分の持ち味を加工や調理で生かしながら、すべての肉を食べつくすということ。

・ユダヤ教徒の方は、カシュルート(ユダヤ教の食事に関する戒律)に、「子山羊を、その母の乳で煮てはならない」とあるため、肉と乳製品は一緒に食べない。

・ヨーロッパの人々は、屠畜の現実と真正面から向かい合ってきた。

・ヨーロッパで肉は、厳しい風土がもたらした、人間が生きるためのぎりぎりの食べもの。



Ⅴ 大いなるアジアの恵み・米
  舞台はタイ北部の山岳地帯に住む「アカ族の村(パクエ村)」

・村の入り口、家の造り、様々なモノが日本に似ていた。

・アカ族は米を蒸して食べる。

・一人当たり、一日約1kgの米を食べている。

・もみ殻は鍋や食器洗いに使い、その後、乾燥させて燃やし、畑に還元する。糠は家畜の餌にする。

・食事は米と大豆と野菜。
 副菜はサトイモを茹でてつぶし塩で味付けしたもの、菜の花の葉や茎の漬物、キャベツ・インゲン豆の生野菜など

・稲刈りの忙しい時期は協力して助け合う。日本の「結」に似てる。
 (アンデスのジャガイモ収穫も同じ)

・畑は何か所にも分け、栽培時期もずらす。

・稲作儀式には「赤米(Hogno-na)」を使う。これは強く痩せた土地でも良く育つ。

・2300年前日本に伝来した米も「赤米」だったかもしれない。

・種モミを厳しく制限することが、何千年もの焼畑を可能にした。

・畑は5年目からは休耕にする。これも持続可能な焼畑の工夫。

・飢饉で米が不足した時、シマーパの実(しめなわにつける橙のようなもの)を食べた。

・豚はごちそう。餅は神聖な食べ物。

・食器の換わりにバナナの葉をよく使う。

・メナム・デルタには「浮き稲」と呼ばれる生命力の高いイネがある。


_________________________________


“食べものとは、自然の恵みと人間の努力が一体となって生み出した賜物である”




いつか続編も読んでみたいと思いました。






<キーワード>
風土 環境 伝統 文化

<関連文献>
『肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見』(中央公論新社) 『極限の民族』(朝日新聞社) 『稲作以前』(洋泉社)


              今回の内容は1~2巻までとなります。



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