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『反科学論』

No.123
著者 柴谷篤弘


2014年1月に読みました。この本は幕内先生のブログから知りました。そしてその記事は非常にインパクトのあるものでもありました。→→【科学・医療の進歩とは何かが問われている~金メダルから原発まで~】
是非、一度目を御通し下さい。

幕内先生同様、私にとっても非常に重く、大きく影響を受けた本として名を残していくことになりそうです。


<著者の主張>

1.科学とは絶対的に善なるものではない。

2.今、「科学をなくすこと」もしくは「職業的専門家をなくすこと」が必要である。

3.“人間の解放”を目指す。



<補足・感想等>

この本は1973年に刊行され、1998年に文庫版ができました。25年の歳月を経た著者の感慨深い言葉が「文庫版あとがき」にこう書かれております。

この本は、状況を正しく読みあてながら、それを覆すだけの方策を提供できなかったために、著作としてではなく、社会的な実践としては、完全な失敗と見なすべき本なのであろう。失敗だったからこそ、いま再刊される、というのは何という逆説的ななりゆきであろうか。

そして再刊から15年が経っている現在も世の中の流れは変わっておりません。
この15年で遺伝子組み換え食品、クローン・iPS、体外受精、出生診断、卵子凍結…と科学・技術の発展により、マンガの世界だったようなものが現実になってきました。水面下にはもっと多くの芽があるでしょう。これらだけでも使い方を誤れば大きな危険性があるということは、わかると思います。

科学者は、使用の是非は自分の範疇では無いという態度をとりがちです。私自身、研究者とはそーゆー立場の人だと思っておりました。何故なら、そこには「知的好奇心追及の自由、科学の絶対的な善」という暗黙の前提があったからです。
しかし、この本は、私がいつしか信じ込んでいたこの前提は、実は誤りである。ということを教えてくれました。


何故か?

それは「学問の自由」が職業的専門家集団の出現とともに、社会・人間の価値から遊離し、没価値的・専門的営為を事故再生産させる機構となったからであるということです。(P42)

また、科学が純然たる善でないのは、
職業的専門家(研究者等)が雇用され続けるには業績が必要→成果の出る研究をする→資金が多い方がいい→資金提供側(企業・国)はその機構が望む研究に資金を配る→政治に研究が左右される→研究結果は政治的に利用→→利益を得る側と不利益被る側が“必ず”生じるからです。

これら1.の説明からわかるように、著者は、職業的専門家の出現によって歪み始めたと考えております。このため2.の後者の考えでこの本を書かれておられます。


(続く)



<キーワード>
科学 社会 専門家

<関連文献>
『生物学の革命』(みすず書房) 『正しく生きるとはどういうことか』(新潮社) 『科学の終焉』(徳間書店)





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