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養生ブログ by食医の卵

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『「健康」の日本史』

No.72
著者 北澤 一利

前回、1200年頃には「養生」という考え方が日本にあったということをお伝えしました。

こうして養生の概念は日本に根付き、江戸時代には『養生訓』をはじめ、多くの養生書が書かれております。

しかし、現代の日本にとって「養生」は馴染み深いものではありませんよね。
それよりも「健康」の方が遥かに身近な言葉として使われております。

この養生→健康への変遷が起こったのが明治時代です。この本の“結び”を読むと、著者も同じような気持ちを抱いたようです。それまで私も健康の歴史なんて考えたことありませんでした。(勿論、習いませんでした)


<著者の主張>

1.健康という語を使い始めた人は、高野長英と緒方洪庵である。

2.最初は高度な医学専門用語であった。

3.福沢諭吉によって広まっていった。



<解説>

 健康という言葉を、高野長英は『漢洋内景説』(1836年頃)の中で用い、緒方洪庵は『遠西原病約論』(天保8年頃)の中で用いました。ただ、健康という語が定着するために貢献したのは緒方洪庵だったようです。

これは緒方洪庵の師が、宇田川玄真(後に榛斎)だったことも大きく関係しているようです。当時の西洋医学者の仕事として、西洋医学の言葉を日本語に翻訳するというものがありました。玄真はこの道の功労者だったのです。
ちなみに玄真の義理の父は杉田玄白です。
さらに余談となりますが、先の翻訳の例として、「神経」という語を名づけたのは杉田玄白です。一方、鎖骨という語を名づけたのは玄真です。このような作業の一つの中に、健康という言葉があったということです。
なお、健康という言葉が使われる前には、「康寧」「強壮」「壮健」「康健」「健行」などの言葉が候補として使われていたようです。
こうして試行錯誤の結果、健康という言葉が使われ定着していくのに、約30年の歳月を要したとか・・・。歴史を振り返るのは面白いですね。

一方、庶民への普及へ貢献したのが福沢諭吉となります。
福沢諭吉が万延元年に書いた『増訂華英通語』という本があります。これは、英単語に中国文字で発音と訳語をつけた『華英通語』に片仮名で発音と訳語をつけたものです。福沢は、この中の英語「Health」を精神とだけ書き、日本語訳を示しませんでした。これは、Healthの訳語に適当な日本語がないと判断したからだといいます。
その後、福沢諭吉は『西洋事情初編』の学校という項目で、健康という言葉を初めて使います。

・・・と今回はここまで!


福沢諭吉にまつわる話は別の本の時にまた取り上げます。
次回は、この本の後半部分、養生と健康の関係について紹介します。


<キーワード>
健康 蘭学 体操

<関連文献>
『洪庵、適塾の研究』(思文閣出版) 『吾輩は猫である』(新潮社) 『福澤諭吉全集』(岩波書店)





役に立ちましたらお願いします。



________________________
今週は更新がないと書いておりましたが、何とか書き上げたので載せました<(_ _)>
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